【やりたいことをやる事の大切さ】乳癌のおじいさんが私に教えてくれた事

チャーオ、こんにちは、Maggio(@m_a_g_g_i_o )です!

このブログではよく、スペインの巡礼路「カミーノ」を780km一人で歩いた事に触れていますが、実は行く前の私にとってはけっこうハードルの高い夢でした。ただ、本当にやりたいことだったので、1年半くらい無理なんじゃないかどうなのか迷いつつ、しつこくしがみついて実現しました。

その結果、楽しい事&トラブルにもあったけど、道中であった乳癌のおじいさんとの出会いをきっかけに「やりたいことをやる事の大切さ」に気がつくことができたので、本当に行ってよかったなと思っています。

スペインで巡礼中カミーノで出会ったおじいさん

突然ですがわたくし、こないだこんなリツイートをしました

スペインで徒歩巡礼中に出会ったおじいさん。 「癌で本当は病院で寝てなきゃダメって言われたけど、死ぬ前に絶対もう一度歩きたい」って言って、他の巡礼者に追い越されながらも、ゆっくり780km突破してた。 残念ながらもう亡くなってしまったけど、その人からは1ミリの迷いも感じなかった

ツイートではかなり端折って書きましたが、私はこのおじいさんと一晩巡礼宿のドミトリーが一緒だったので、夕飯をふるまったりしていろいろなお話しました。その時のことについてもうちょっと詳しく書いてみようと思います。

いろんな国からいろんな巡礼者が訪れる

サンティアゴ大聖堂前の広場に集まる人々

基本的に巡礼路にはいろんな国の人が達が来ています。ヨーロッパをはじめ、カナダ、アメリカ、オーストラリア、ブラジル、ペルー、イスラエル、フィリピン、韓国、日本。

地元スペイン人をはじめヨーロッパの人達は距離的に近いので、気軽な感じの巡礼者が多い印象ですが、中には一回の巡礼のためだけに一生懸命お金を貯めて来た南アメリカ人や、限られた滞在時間しかないけどどうしても歩きたいからと行って一日30〜50km歩いている人など、本当にさまざまでした。

巡礼者の中でもひときわ印象的だったこのおじいさん

そんな中、ひときわただならぬ覚悟を感じられたのがこの乳癌のおじいさんでした。

私とそのおじいさんは、アストルガという街から15kmほどのところにある、El Ganso [エル ガンソ]という小さな村の巡礼宿で出会いました。

最初に挨拶した印象は、九州弁訛りのちょっと変わったおじいさんという感じ。ただ、よくよく話してみると彼は乳癌を煩いつつも福岡から一人でやってきたとのことでした。

「本当は病院で寝ていなきゃならないけど、2回歩いたカミーノが忘れられない。最後にもう一度歩きたくて、家族に止められたけど一人で来た。」と言っていました。(正確には九州弁で言ってました)

ただ癌が進行しているため、他の巡礼者のように歩く事(平均1日25km)はできず、一日10km〜17kmがやっとのこと。たくさんの巡礼者に追い越されながらもここまで歩いて来た来たとのことでした。

※ ちなみに彼の出発点はフランスの国境だったので、この時点で累積530kmは歩いてきたということになります。しかも私たちが出会ったこのルートは、この後最後の難関オ・セブレイロという標高およそ1250mの峠のあるルートでした。

巡礼路には彼にとって超過酷な道もあった…

またこのもっと前には、ブルゴスという大きな街があるのですが、そこを抜けた後はしばらく「メセイタス」と呼ばれる砂漠のように乾いた地帯がありました(季節は秋でした)。そしてその中には、17kmトイレもお店も何にもないエリアがあります。

彼のような体調でそこを歩くのはどう考えても至難の業。死ととなり合わせだった事は予想がつきます。実際彼は「歩きながら死んでもいいからもう一度カミーノを歩きたかった」のだと言っていました。

そこまでして彼がスペインに来た理由とは?

彼は私に「カミーノが好きなんだ。だから死ぬ前にもう一度と思って来た。」と言っていました。「好き」と「どうしてもやりたいこと」。死と直面した彼から出たその言葉を私の心にずしりとのしかかりました。

「自分はそこまで好きなことや夢中になれることがあるだろうか?」

おじいさんとの出会いによって気づいた3つのこと

街のはずれから見下ろしたサン・ジャン・ピエ・ド・ポー

乳癌のおじいさんと話をすることで気づいた3つのことがあります。それは…

  1. 自分の心がやりたいことをやらせてあげる大切さ
  2. “いつか”とは本当にくるかわからない未来のこと
  3. これをやらずにはまだ死ねないという情熱

[1] 自分の心がやりたいことをやらせてあげる大切さ

実はわたしは2010年に一度交通事故にあってます。時間が経って少し薄らいでいた出来事だったのですが、そのとき一度顔面の骨を折って入院しています。

実は事故にあうまで「自分はそういうこととは無縁なんだろうなあ」と勝手に思い込んでいました。なので、非常に面喰らったのを覚えています。その時から「死というのは等しくいつでも誰にでも訪れる可能性のあるもの」として考え直しました。

そう考えはじめてから、自分が思いつく限りのやりたいことはなるべくその場でやるようにしていたのですが、ちょっと労力のいる事だとつい「めんどうだなあ」と思って動かないこともしばしば。でもこのおじいさんと出会う事で、自分の心にやりたいという思いが浮かんでくるのなら、失敗がこわくても、動くのがめんどうでも、誰かに反対されても、やらせてあげるべきだなと思いました。

[2] “いつか”とは本当にくるかわからない未来のこと

時間のなかったこのおじいさんにとって「いつか治ったら」という選択肢はありませんでした。私は普段どのくらいのことを「そのうち」とか「いつか」という考えで後回しにしているだろうかと考えさせられました。

そう思っているうちに年をとってしまうかもしれないし、身体が動かなくなってしまう可能性だってゼロじゃないはず。「いつか」というのは本当にくるかわからない未来。何か本当にやりたい事があるなら今から始めるか計画を立てるべきだと思いました。

[3] これをやらずにはまだ死ねないという情熱

このおじいさん、身体病気のせいでよろよろしていましたが、目がとても生き生きと輝いていたんです。たぶんその理由は、自分の本当の夢を生きている最中だったからだと思うんです。

そのせいか私は「これをやらずにはまだ死ねない」という夢を見つけている彼を、強烈に羨ましく感じました。当時の私はそこまで自分の心の動くものを見つけることが出来てなかったので、カミーノというひとつの夢の中を歩いていたにも関わらず、自分の中に別の渇きを感じました。

覚悟のある人の魂に触れるという事

カミーノポルトガルの道で見かけた赤い大きな花

このおじいさんは明らかにカミーノを歩いている時の「覚悟」が違いました。

そういう方との接触は貴重で幸運な体験ではありますが、その分自分の生き方が本当にこれでいいのか、真剣に考え直す機会になるので、嫌でも自分の落ち度や今まで曖昧にしていた部分が目につくものです。

つまり覚悟のある人の魂に触れると言うことは、同じく覚悟のいることなのだと思いました。

終わりに…やりたいことをやったおじいさん

さいごに。このおじいさん、Tさんは無事カミーノ780kmを歩ききりました。そして日本へ帰られたあと、癌で亡くなられました。

一体何人の人がこのおじいさんと交流し、彼のことを知っているのか知りません。知らない人の方が多いと思います。偶然とは言えあんな山奥のへんぴな場所でお会いでき、お話できた事を心より嬉しく思っています。

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